Dec 26, 2008
盆栽は、高齢者だけの趣味ではない
以前TVで盆栽仲間が集まる喫茶店のようなものが特集されていました。見ているとかなり若い人が自分の盆栽を持ってお店に集まっていて、そこのお店では、盆栽の販売講習のようなことをしているようなので初心者の方もいるようでした。いまいち楽しめるかもしれないが、それを見ていると一度やってみてもいいと考えるようになりました。盆栽と聞くと、父の趣味、陳腐なイメージがまだ定着しているのかもしれない。さらに、お手入れも大変そうな声も聞こえそうだ。しかし、ガーデニングブームのおかげで、若い世代には、ミニ盆栽の形に盆栽が反映されてきた。名前の通り、ミニのために場所をとらないし、玄関などに飾られ、一人暮らしでも簡単に盆栽を楽しむことが可能だ。やはり日本人、日本風のミニ盆栽をインテリアとして導入すると、ほっこり癒しの空間があること間違いなしだ。
【東西ドキュメント・栗東=1日】“2走目のポカ”で人気馬が敗れるケースは多々あるが、それは事前に分からないのか。アルゼンチン共和国杯の取材していた岡崎は、予期せず中村師からレクチャーを受けることに。ビートブラックは休み明けの京都大賞典で2着に好走。「アイルランドTの予定を1週早めて使ったんだけど、思った以上に走ってくれた。調教を見る限り出来はさらに上向き。ただ、どうしても2走目のポカが気になるね」
調教の動きさえ良ければ“反動はない”と言い切れないものなのか。その点を質問すると、開業34年目のベテラン調教師は経験則から導き出した1つのパターンを口にした。「叩き2走目で絶好調という時に2走目のポカはあるんだ。それも休み明けで期待以上に走り過ぎた時に多いね」。 とはいえ、これはあくまでも悲観的な想像に過ぎない。「まあ自分は心配性だから」と師は締めくくった。
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◇都市対抗野球決勝 JR東日本2−1NTT東日本(2011年11月1日 京セラD)
1927年に始まった大会で史上初となる東京勢同士の決勝を行い、JR東日本が延長11回、松本晃外野手(26)の左中間越え適時二塁打でNTT東日本に2―1でサヨナラ勝ち。創部91年目、14度目の出場で悲願の初優勝を果たした。橋戸賞(最優秀選手賞)には松本が選ばれた。NTT東日本は電電東京時代の81年以来、30年ぶり2度目の優勝を逃した。大会は8月下旬に東京ドームで開幕する予定だったが、東日本大震災の影響で延期。この日程変更で秋の社会人日本選手権が初めて中止となり、都市対抗を制したJR東日本が同選手権覇者とみなされる。
普段はクールな男が走りながら泣いていた。延長11回無死二塁。1ボールからの内角直球を振り抜いた打球は左中間フェンスを直撃。死闘に終止符を打った。サヨナラだ。抱き合うナインの目には涙が浮かんだ。
「最後に打てたのは奇跡。監督から打席に入る前に“送りバントはない。おまえに任せたぞ”と言われて、ここは4番として自分で決めるつもりだった。思い切り振り抜いた。野球をやってきて今一番楽しいし、最高に気持ちいい」
チームの窮地を救った。7回には先頭で左翼3階席に本塁打を叩き込んだ。NTT東日本の先発・小石の前に6回まで無安打、11三振。チーム初安打が値千金の同点弾。4番の一撃でチームは息を吹き返した。
今春から4番に指名された。昨年も都市対抗前までは4番を打っていたが、不振で大会直前で4番降格。打撃の確実性を重視して、膝を深く曲げ、バットを寝かせる新フォームに改造。決勝の舞台で全打点を挙げる活躍につながった。
2回戦のヤマハ戦で主将の斎藤が左太腿裏を肉離れして離脱。松本はその夜に「俺の分まで打ってくれ」と斎藤から背番号3の刺しゅうの入った黒のリストバンドを託された。松葉づえをつきながら号泣する斎藤に、松本は「ケガしてから絶対に勝ちたいという気持ちが強くなった」とチーム一丸の優勝を強調した。
東日本大震災の影響で秋に延期され、東京以外で初開催となった第82回大会。創部91年目で悲願の初優勝を果たした堀井哲也監督は「長かった、苦しかった。チームの結束力はもう120点、凄い。都市対抗が開催されることに感謝して、精いっぱいのプレーを心掛けてきた」と感無量の表情を浮かべた。特別な思いを込めて戦った大会。その決勝の舞台で劇的な幕切れ。大会史に残る優勝だった。
◆松本 晃(まつもと・あきら)1985年(昭60)4月4日、大阪府生まれの26歳。PL学園時代は3年夏に4番として甲子園出場も、2回戦の福井商戦で4三振してチームも2―4で敗退。横浜商大では2年春から4番。JR東日本に入社し、昨年の都市対抗では控え外野手として1試合に出場。1メートル82、80キロ。右投げ右打ち。
▼JR東日本 1987年(昭62)4月1日設立。社員数は5万9650人(11年4月1日現在)。資本金は2000億円。硬式野球部は東京鉄道局として1921年(大10)に創部し、87年の国鉄民営化に伴いJR東日本に改称。都市対抗は2年連続14度目の出場。日本選手権の最高成績は8強。主なOBは赤星憲広氏(元阪神、本紙評論家)ら。本社は東京都渋谷区代々木2の2の2。清野智社長。
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