Mar 29, 2011

インプラントの寿命を延ばすには

インプラントは少なくとも10年以上持つことが知られています。それに比べて、足はわずか7,8年の入れ歯は、より迅速に消失してしまいます。インプラントをどのくらいの時間もたせるかどうかは、医師の技術と多くの治療法によって異なります。また、プラークコントロールをしながら、口の中を清潔に保つことで、よりインプラントの寿命を延ばすことができます。
とても歯並びが悪く、虫歯が簡単で、何よりも見た目の問題のインプラントを考えています。結構値段が手軽になって施行することも増加して安全にも問題がないゴトエジゴているが、まだ高く、不安です。本当にあごの骨に穴を開けてボルトで、これを固定とし、身体の他の部分に影響を与えるのでしょうか?。インプラントして、姿勢もうまくいけばいいのですが、やはりまだありません。
相場英雄の時事日想:

 東日本大震災の発生からまもなく3カ月。被災地では仮設住宅への入居が始まり、工場が操業を再開したりと、徐々に被災者が普段の生活を取り戻しつつある。日常を取り戻しつつあるのは、子供たちも同様だ。ただ被災地の一部では、教育現場で教職員と上層部の間で意見の乖離(かいり)が生じ、この溝が深くなりつつある。「がんばろう」という言葉が、溝の正体だ。被災地以外の人が励ましで気軽に使う「がんばろう」「がんばれ」という言葉には二面性がある。今回は激励の言葉が持つ意味合いに触れる。 

●がんばれとは言わないで

 3月17日、筆者は漫画担当の編集者とともに仙台市出身の友人と会った。友人は同市若林区荒浜の出身だ。大都市・仙台でも、甚大な津波被害にあった場所としてご存じの読者も多いはず。

 3人で話をするうち、友人が津波被害にあった実家の写真を見せてくれた。故郷に住む姉が送ってくれたという携帯メール写真に、筆者と担当編集氏は絶句した。

 友人の実家は荒浜地区の中でも比較的土地の高い場所にあったことが幸いし、一階部分が浸水したのみで、家が丸ごと流されるようなことはなかった。同時に、ご家族や親族も奇跡的に全員無事だった。ただ、真っ黒な水が押し寄せ、敷地内の自家用車3台は完全に水没。周辺の庭にはプロパンガスのボンベが多数漂着するなど、津波のすさまじい威力に驚かされた。

 新聞やテレビで津波被害の甚大さを見聞きしていたものの、実際に友人の家が被災したことを知った初めての機会だった。それだけに、同日に受けたショックはいまだに鮮明に記憶している。

 友人との別れ際、筆者はご家族のために「がんばってと伝えてほしい」旨を口にした。直後、友人の顔は強張り、こう言った。「こんな大津波を生き抜いた家族に、がんばれなんて絶対に言えない。これ以上がんばったら、ウチの家族は死んでしまう」――。

 友人が発した言葉に触れ、筆者と担当編集者はもう一度絶句した。これ以降、筆者は被災地の友人やお世話になった方々に対して「がんばれ」という言葉を口にしないよう心がけてきた。

●教育の場で、現場と上層部の乖離

 先月下旬、当コラムの読者からメールを頂戴した。本稿のテーマとなる「がんばろう」という言葉が持つ二面性を、改めて筆者に教えてくれる内容だった。

 とある東北の被災地で、教育委員会が主導するかたちで「がんばろう」というスローガンが小中学校に多数掲げられている。被災地の子供達の一体感を高め、絆を強めるのが狙いだ。

 筆者はこの取り組みをくさすつもりはないし、批判する意図もない。ただ、頂戴したメールには、先の項で筆者が触れたような違和感が横たわっていた。以下、メールを転載する。送り主は、小学校で低学年を担任されているベテラン教員だ。

 あの日、3月11日。私の担任していた1年生は、私の指示に従って泣きもせず騒ぎもせず、必死に机の脚にしがみつき大きな揺れを長い時間小さな体で耐えていました。私は、あの子たちのことをとても誇りに思っています。どの子ども達も、言葉には出さなくてもその発達段階に応じて、今回の震災から我慢することや助け合うことの大切さを肌で感じ取っているのです。子ども達の成長は、避難訓練の時の真剣な表情や、運動会で見せるがんばりに十分にあらわれていると感じる教職員は私だけではないはずです。

 この上、お飾りの様なスローガンを押し付けて無駄に踊らせる意味がどこにあるのでしょうか?

 筆者にも小学生の子供がいる。仮に、愚息が同じような立場にいたら、このベテラン教員と同じ感覚、いや、違和感を覚えたはずだ。頂戴したメールに共感したからこそ、あえて「がんばろう」というスローガンが持つ意味合いを考え直していただきたいと考え、本稿を綴っている。

 私の学校は津波被害にもあわず、地震で学校が使えなくなったわけでもありませんが、道路一本へだてた小学校は津波に流され、児童も亡くなっています。在校児童の中にも、祖父母を亡くした児童がいます。家が流されて転校してきた児童もいます。そうした現実に対して、児童・生徒に「がんばろう」と呼びかけていったい何をさせようというのでしょうか?

 読者の中で、今回の大震災後、被災地でボランティア活動を行った向きが少なくないと推察する。また、被災した故郷に帰った向きもいるはずだ。

 筆者は震災ルポ取材のために何度か被災地に足を向けたが、「がんばろう」「がんばれ」という言葉を安易に発してはならないとの思いを一段と強めた。かつて取材でお世話になった方々、友人のご家族に対し、間違っても「がんばれ」とは言えなかった。被災地で、被災者同士が「がんばれ」と励ましあうことの意味合いは大きいと考えるが、子供達にこの言葉をかけるのは酷だと筆者は思う。

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